June 122016
床拭きて万緑の息通しけり
小倉桂子
雑巾で床を拭く。それは、部屋のお清めです。窓を開け、風を入れる。万緑の息吹が、間を浄化する。今も、このような所作が日々続けられているのなら、素敵な暮らしぶりです。日本人の生活が西洋化されてから久しい年月が経ち、掃除は主に立ち仕事となって、屈んで床を拭く動作はめっきり減りました。私事を言えば、ふだんの床掃除は使い捨てのクイックルワイパーと箒の組み合わせで、床を雑巾がけしたのは今年に入って一回きりです。ただ、この一回が気持ちよかった。膝をつき、腕でごしごし隅々ま できれいにして、雑巾を絞りました。小中学校のときの掃除の時間と、稽古合宿のときの雑巾がけを思い出します。日々の汚れを日々拭きとる。この所作は、日本に住まう所作としてすり込まれた身体の記憶です。世界には、掃除をする習慣がない国もあり、例えば西アフリカのマリでは、日本人のボランティアが掃除という概念とやり方を教えて好評を博しています。日本人は無宗教だと言われますが、むしろふだんは無関心なだけで、掲句のようなお清めの伝統は、無言のうちに生活に根づいています。『告解』(1989)所収。(小笠原高志)
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