December 022001
冬の谷寝返る方に落ちる音
橋本 薫
冬の山は眠っている。とは、古人の見立て。「山眠る」の季語がある。眠っているからには、山だって「寝返る」こともあるだろう。とは、作者の機知。面白い。山が寝返ると、どうなるのだろう。真っ暗やみなので、その様子は見ることができない。が、音がするのだ。聞こえるのだ。谷を走る川瀬の音が急に高まったり、吹き下ろす風の音がいきなり轟いたりと。そしてまた、やがていつもの静けさがもどってくる。私は中国山脈の奥の育ちだから、夜の山の音の変化には敏感なほうだと思う。とくに雪の夜の山は、しいんとしている。と言っても、まったく音がしていないのではなくて、敢えて言えば「しいんとした音」しか聞こえてこないのだ。それが気象の変化によって、突然に山が唸りだすことがある。熟睡しているはずの子供までもが、朦朧とではあっても、気がつくほどの音。たいていは「ああ、荒れてるなあ」くらいですませてしまっていたけれど、そうなのか、実はあれは山の寝返りの音だったのか。……と、そう思うと楽しい気分になってくる。何度か書いてきたように、私は句作が安易に陥りやすいので、擬人法の使用は好まない。しかし、これほど破天荒な発想で用いいられてみると、まんざら捨てたものではないなと思ったことである。『夏の庭』(1999)所収。(清水哲男)
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