October 06102002

 終バスの灯を見てひかる谷の露

                           福田甲子雄

舎の夜道は暗い。暗いというよりも、漆黒の闇である。谷間の道を行くバスのライトは、だから逆に強烈な明るさを感じさせる。カーブした道を曲がるときには、山肌に密生する葉叢をクローズアップするように照らすので、たまった「露」の一粒までをも見事に映し出す。百千の露の玉。作者は「終バス」に乗っているのだから、旅の人ではないだろう。所用のために、帰宅の時間が遅くなってしまったのだ。めったに乗ることのない最終便には、乗客も少ない。もしかすると、作者ひとりだったのかもしれない。なんとなく侘しい気持ちになっていたところに、「ひかる露の玉」が見えた。それも「灯を見てひかる」というのだから、露のほうが先にバスのライトを認めて、みずからを発光させたように見えたのだった。つまり露を擬人化しているわけで、真っ暗ななかでも、バスの走る谷間全体が生きていることを伝えて効果的だ。住み慣れた土地の、この思いがけない表情は、バスの中でぽつねんと孤立していた気持ちに、明るさを与えただろう。シチュエーションはまったく違うけれど、読んだ途端にバスからの連想で、私は「トトロ」を思い出していた。あのトトロもまた、生きている山村の自然が生みだしたイリュージョンである。『白根山麓』(1998・邑書林句集文庫)所収。(清水哲男)




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