October 162002
蚊帳吊るも寒さしのぎや蟲の宿
富田木歩
蚊帳(かや)が出てくるが、季節は「蟲(虫)」すだく秋の候。夜がかなり寒くなってきた、ちょうど今頃の句だろう。「蟲の宿」は自宅だ。一読、この生活の知恵には意表を突かれた。冷え込んできたからといっても、まだ重い冬の蒲団を出すほどの本格的な寒さではない。夏のままの夜具を使いまわしながら、なんとなく一夜一夜をやり過ごしてきた。が、今夜の冷えはちょっと厳しいようだ。思い切って冬のものに切り換えようかとも思ったけれど、また明日になれば暖かさが戻ってくるかもしれない。そうなると厄介だ。何か他に上手い方策はないものか。と考えていて、ふと蚊帳を吊って寝ることを思いついたのである。どれほどの効果があるものかはわからないが、夏の蚊帳の中での体験からすると、あれはかなり暑い。となれば、相当な防寒効果もあるのではないか。きっと大丈夫。我ながら名案だなと、作者は微苦笑している。ご存知の方も多いように、木歩は幼いときに歩行の自由を失い、鰻屋だった家も没落して、世間的には悲惨な生涯を送った人だ。だから彼の句は、とかく暗く陰鬱に読み解かれがちだが、全部が全部、暗い句ばかりではない。掲句の一種の茶目っ気もまた、木歩本来の気質に備わっていたものである。小沢信男編『松倉米吉・富田木歩・鶴彬』(2002・EDI叢書)所収。(清水哲男)
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