October 31102002

 客われをじつと見る猫秋の宵

                           八木絵馬

句を読む楽しさの一つは、情景が描かれていない句の情景を想像することだ。たとえば掲句では、猫に「じつと」見つめられていることはわかるけれど、シチュエーションはわからない。どんなシーンでの句なのか。まず手がかりになるのは「客」だろう。しかし客にも二種類あって、他家を訪れているのか、それとも猫がいるような古くて小さな商店にでも入っているのか。どちらとも取れるし、どちらでもよい。だが、次なるキーワード「秋の宵」と重ねてみると、かなり輪郭がはっきりしてくると思う。そぞろ寒く侘しい雰囲気の宵……。となれば、古本屋だとか古道具屋のイメージが浮かんでくる。ふらりと入った小さな店には、他の客の姿はない。物色するともなく商品を眺めているうちに、ふと視線を感じた。こうした店の主人は客を「じつと」見ることはしないのが普通だから、いぶかしく思って視線の方角を見ると、こちらを注視している猫と目が合ったのである。見返しても、猫はいっこうに視線をそらさない。万引きでもしやしないかと見張られているようで、いやな感じだ。このときに「客われを」の「われを」に込められているのは、「こっちは客なんだぞ、失敬な」という気持ちだろう。それでなくとも侘しい秋の宵の気分が、猫のせいで、ますます侘しくなってしまった……。『合本俳句歳時記』(1997・角川書店)所載。(清水哲男)




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