November 022002
換気孔より金管の音柿熟るる
星野恒彦
どうかすると、こういうことが起きる。「換気孔」からは空気が吐き出されてくるのだが、管を伝って音が出てきても不思議ではない理屈だ。いつだったか、我が西洋長屋の台所の換気扇から、かすかながらも表の人声が聞こえてきたことがある。はじめは幻聴かなと思ったけれど、そうではなかった。できるだけ換気扇に耳を近づけてみると、明らかに女性同士の話し声だと知れた。表の換気孔の近くで、立ち話をしていたのだろう。そんな体験もあって、掲句が目についた。この場合には、作者は戸外にいる。「金管(ブラス)の音」が聞こえてくるのだから、普通のマンションなどの近くではないだろう。学校などの公共の建物のそばだろうか。もとより作者に金管の正体は見えないわけだが、吹奏楽などの練習の音が漏れ聞こえてきているようだ。「柿熟るる」ころは学園祭のシーズンでもあるので、金管の音と熟れている柿との一見意外な取り合わせにも、無理がないと感じられる。金管楽器にもいろいろあるが、換気の管によく伝わるのは高音の出るトランペットの類か。いずれにしても、たわわに実った柿の木の上空は抜けるような青空であり、気持ちの良い光景に更にどこからともなくブラスの音が小さく加わって、至福感がいっそう高まったのだ。『連凧』(1986)所収。(清水哲男)
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