January 312003
寝て起きて鰤売る声を淋しさの果
椎本才麿
季語は「鰤(ぶり)」で冬。「およそ冬より春に至るまで、これを賞す。夏時たまたまこれあるといへども、用ふるに足らず」(『本朝食鑑』)。冬が、いちばん美味いのである。ことに、寒鰤が。作者は元禄期の江戸の人。「寝て起きて」は、一見子供の作文みたいな表現にも写るが、これがないと句が成立しない。波風のない平凡な暮しを言っているわけで、寝起きの「淋しさ」に何の理由もないことを強調する布石として置いてある。突然、いわれのない淋しさに落ち込んでしまった心に、表から「鰤売る声」が聞こえてきた。鰤は出世魚と言われるくらいだから、振り売り(行商人)の声も、さぞや威勢がよかっただろう。その威勢のよさに、なおさら淋しさが増幅されたというのである。「淋しさの果(はて)」という字余りが秀逸だ。寒々とした部屋にあって、理由の無い淋しさのどん底で、なすすべもなくおのれの感情を噛みしめている作者の姿が彷彿とする。程度の差はあれ、いくら時代が変わっても、こういうことは誰にでも起きるだろう。その曰く言い難い心持ちを、見事に具体的に言ってのけた秀句だ。書いているうちに、こちらもなんとなくいわれなき淋しさに誘われそうである。こういう淋しさは、とても伝染しやすいのかもしれない。(清水哲男)
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