April 1242003

 襞の外すぐに曠き世八重桜

                           竹中 宏

語は「八重桜」。サトザクラの八重咲き品種の総称で、ソメイヨシノ」などの「桜」とは別項目に分類する。桜のうちでは、開花が最も遅い。東京あたりでは、そろそろ満開だろうか。近くに樹がないので、よくはわからない。ぶつちゃけた話が、掲句の大意は「井の中の蛙大海を知らず」に通じている。見事に美しく咲いた八重桜だが、込み入った花の「襞(ひだ)」のせいで、内側からは外の世界が見えないのだ。すぐ外には「曠(ひろ)き世」が展開しているというのに、まことに口惜しいことであるよと、作者は慨嘆している。慨嘆しながらも、作者は花に向かって「お〜い」と呼びかけてやりたい気持ちになっている。「井の中の蛙」よりもよほど世に近いところ、それこそ皮膜の間に位置しながら、何も知らずに散ってしまうのかと思えば、美しい花だけに、ますます口惜しさが募ってくる。といって断わっておくが、むろん作者は諺を作ろうとしたわけではない。だから、この八重桜をたとえば美人などの比喩として考えたのではない。あるがまま、感じたままの作句である。昔から八重桜の句は数多く詠まれてきたが、このように花の構造を念頭に置いた句には、なかなかお目にかかれない。その構造にこそ、八重桜の大きな特長があるというのに、不思議といえば不思議なことである。俳誌「翔臨」(第43号・2002年2月刊)所載。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます