April 2042003

 朧夜のポストに手首まで入るる

                           村上喜代子

語は「朧夜(おぼろよ)」で春。朧月夜の略である。実際、数日前に、私も同じ体験をした。朧夜だからといって、べつに平常心を失っているとも思わなかったけれど、投函するときになんだか急に手元が頼りなく思え、ぐうっとポストに「手首まで」入れて、確かに投函したことを確認したのだった。届かないと相手に迷惑のかかりそうな郵便物だっただけに、慎重を期したというところだが、普段だとすとんと入れて平気でいるのに、これはやっぱり朧夜のせいだったのかしらん。暖かくて妙に気分が良いと、かえって人は普段よりも慎重になるときがあるのかもしれない。このように郵便物だと手応えを確かめられるが、昨今のファクシミリやメールだと、こうはいかないので不安になることがある。本当に届くのだろうか。ふと疑ってしまうと、確認のしようもないので苛々する。とくにファクシミリは、相手の手元に手紙のように物理的具体的に送信内容が届くはずなので、逆に心配の度合が強いのだ。メールならば泡と消えても、もともとが泡みたいな通信手段だから、仕方ないとあきらめがつく。でも、プロセスはともかくとして、ファクシミリは限りなく手紙に近い状態でのやりとりだ。書留で出すわけにもいかないし、届いたかどうかを、あらためて電話で確認することもしばしばである(苦笑)。『つくづくし』(2001)所収。(清水哲男)




『旅』や『風』などのキーワードからも検索できます