August 282004
音もなく星の燃えゐる夜学かな
橋本鶏二
季語は「夜学」で秋。大阪の釜が崎に隣接する工業高校(定時制)に三十三年間、国語教師として勤務した詩人の以倉紘平に『夜学生』(編集工房ノア)という著書がある。体験をもとに書かれたドキュメンタリーだ。今日、大多数の人は、当たり前のように昼間の高校に通い卒業していく。私もそのひとりだが、読み終えて非常な衝撃を受けた。一言でいえば「夜学生(夜間高校生)」にこそ社会の矛盾が集中しているのであり、しかも彼らはそれを具体的に引き受けて日々生きていく存在であるということに……。しかし、著者は苦学生である彼らを、ことさらに美化してはいない。困難な条件の下で驚くべき向学心を発揮する者がいるかと思えば、どうしようもないダメ生徒やワルもいる。数々のエピソードは、そんな彼らの姿を生き生きと描き出し、それがそのまま世の中の矛盾を炙り出していく。そしてまた、社会が常に変動していくように、彼らのありようも変化を止めることはない。たとえば著者は「昔のワルは少なくとも正直だった」という。人を殴ったら、それを認める勇気があった。が、現在のワルは認めない。「センコウ、証拠を見せろ」としらを切りつづける。全体的に、向学心も薄れてきたようだ。「かつて、夜学は、人間教育の場であった。人生の困難を背負った生徒たちが、ぶつかり合い、励まし合い、助け合って、最もよき人生の旅を経験するところに意義があった」。そんな時代の生徒たちの生き方には、卒業後も感動的なものがある。とくに連帯感の強さは、全日制高校出身者の比ではない。それが、なぜ、今のように多くの生徒が「しらけ」てしまったのか。ここには、戦後社会の進み方の何か大きな錯誤がある。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)
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