September 122004
地芝居のお軽に用や楽屋口
富安風生
季語は「地芝居」で秋。「地」は「地ビール」の「地」。土地の芝居という意味で、土地の人々による素人芝居だ。「お軽」は言わずと知れた『仮名手本忠臣蔵』の有名な登場人物である。舞台では沈痛な顔をしていたお軽が、用事を告げにきた人と「おお、なんだなんだ」と気軽に応対しているところが、いかにも村芝居ならではの光景だ。これが「一力茶屋の場」の後だったりしたら、派手な衣装がますます芝居と現実との落差を感じさせて面白い。この稿を書いているいま、遠くから祭り太鼓の音が聞こえてくる。昨日今日と、三鷹や武蔵野など近隣八幡宮の秋祭なのだ。ひところは担ぎ手を集めるのに難渋した神輿人気も復活し、大勢の人出でにぎわうのだけれど、私などにはやはり「地芝居」の衰退は淋しいかぎり。子供の頃の秋祭最大の楽しみといえば、顔見知りの人たちが演ずる芝居であった。でも、難しい忠臣蔵なんて舞台はなかったと思う。たいていが国定忠次とか番場の忠太郎とかのいわゆるヤクザもので、まあ長谷川伸路線だったわけだが、その立ち回りは早速翌日にはチャンバラごっこに取り入れたものである。「ハナ(寄付金)の御礼申し上げまーす」。幕間には必ずこのアナウンスがあって、寄付した人たちの名前が読み上げられた。多くは地域共同体の義理で寄付していたようだが、しかし私の父親の名前は一度も読み上げられることはなかった。生活保護家庭で口惜しい思いをしたことはいろいろあるけれど、これもその一つである。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)
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