October 02102004

 生きて会ひぬ彼のリュックも甘藷の形り

                           原田種茅

語は「甘藷」で秋。「さつまいも」のことだが、句では「いも」と読ませている。戦後も間もなくの混乱期の句だ。消息のわからなかった同士が、偶然に出会った。食料難の時代、作者は食べ物を求めて農村に買いだしに出かけた帰途とうかがえる。背負ったリュックには、やっとの思いで手に入れた甘藷が詰まっているのだ。したがって会った場所は、電車の中か、それとも駅頭あたりだろうか。お互いに相手を認めての第一声は、「久しぶりだなあ」というよりも「おお、生きてたか」というのが、当時の自然な挨拶だろう。よかったと手を取りあわんばかりの邂逅にも、しかし、ちらりと相手のリュックに目が行ってしまうのは、これまた当時の自然の成り行きというものだ。どうやら彼のほうも甘藷を手に入れたらしいことが、リュックの「形り」(「なり」と読むのかしらん)でわかったというのである。これで彼のおおよその暮らし向きもうかがえ、どうやら似たようなものかと思う気持ちは、平和な時代には絶対にわいてこなかったものである。その哀れさと苦さとが、会えた喜びの陰に明滅していて、何とも切ない。この後、二人の会話はおそらく弾まなかったろう。そそくさと連絡先を伝えあうくらいで、それぞれが家族の待つ我が家へと急がねばならなかったからだ。この世代も、若くて七十代後半を迎えている。甘藷もそうだが、ただ飢えをしのぐためにだけ食べた南瓜など、見るのもイヤだという人もいる。『新歳時記・秋』(1989・河出文庫)所載。(清水哲男)




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