Love Songs−採集*

築山登美夫



〔裏〕 まるでいきもののやうにおよいでゐたね まるでどるふぃんみたいだつたね そのくににうまれそだつたのにそのくにになじめない たぶんどのくににうまれてもおなじだつたらうとかれはおもつた ちがふほしちがふうちう さうであればどれほどしあはせだつたか まるでいきもののやうにおよいでゐたね まるでどるふぃんみたいだつたねかのぢよのあしは 〔表〕 彼女は娘を二人産んだあと離婚して 友人の女性と暮してゐると云つた。 レズつてわけぢやないのよ今さら面倒くさくつて でもとても快適なのよ男のゐない女ばつかりの生活は。 きれいに刈りあげた頭に黒い皮ジャン耳には小さなピアス バイク用の白いヘルメットを腕にかゝへてゐた。 こどもを育てながら徐々に徐々に 体が男を受けつけなくなつていつたのだと云つた。 彼と十年ほど暮し下の子が小学校に上がつてしばらくしたころ 前から知り合ひだつたある女性と長い午前を過していたら いままで味はつたことのない幸福感にひたされたのだと云ふ。 それは性を超えた永続する快楽の時間だつた。 女に生まれてきたことの意味がはじめてわかつたと思つた。 彼にはわるかつたと思ふわ愛してくれてゐたし ときどきこどもに会ひにきてくれるのよ。 きりゝとした表情でコーヒーを飲みながら彼女は云つた。 〔裏〕 ふかみどりのうみのそこはちがふほしちがふうちうみたいで ここでならいきられるといふこゑがたえまないあはになつてふきこぼれた にんげんのゐないせかいにうまれおびたゞしいにんげんをとほつて にんげんのゐないせかいにかへる そのせつなさなつかしさがからだをはげしくつきぬけて かれはおよぐかのぢよのうつくしいあしをだきしめた ちがふほしちがふうちうみたいで たえまないあはになつてふきこぼれるこゑのさなかで 〔表〕 耳の中でしんと静寂の鳴つてゐるこの夜、 ぼくがきみを愛してゐたといふことが、きみをとてもつよく 愛してゐたといふことが、すつかり昔のことになつてしまつたやうで、 荒涼とした気分のなかを、ちひさな光に照された ちひさな馬がいくつもいくつも走つて行く。 どうしてかうなつてしまつたのか、ぼくはけんめいに かんがへようとするのだが、たくさんの愛をうちけすたくさんの 諍ひの記憶が、日々の泡のやうに流れていくだけだ疲れきつて、 さう疲れてみじろぎもできなくなつて、 あのとき 出会ひのあのときとはたがひにべつの人間にみえるほどに、 きみはきみと生きようとするぼくの意思をけんめいにさかなでようとし、 ぼくはそんなきみをさんざんにぶつたりした。 そんなこともいつか遠い過去をふりかへるやうに この炎傷をなだめてしまふのだらうか。 またいちからやりなほせるさ。 そんなふうに気をとりなほし何度も何度もやりなほして。

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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