すばらしいことばをわたしはいわない

駿河昌樹



は詩人のものだから かなしいとき あなたは詩を開こうともしない だれでもないあなたに だれかになったひとのことばなど むかない だれでもないひとのことばをさがせば あなたはわたしにたどりつくだけ だれでもないわたしの 詩ではないことばに かごろ インスタントコーヒーばかりで 不満にも思わず いつかの青空に飛び立った鳩の影を 湯気のなかに思い出したりする ほんとうの友情が じぶんに残っているのか気になり 鳩なんて 平和の象徴でなんかないと つぶやこうとして やめる いいことも わるいことも やめてきた そんなふうに そんなふうなじぶん と反省が伸びはじめて またやめる がすきで 切り花を買ってくるひとは ほんとうに花が すきなの? 未来のない花 花の死をみたいのでしょう? 花を飾るひと死になさい むごたらしく 大股びらきして そうして何百何万の花を救う 愚行かしら? 愚行かしら? いちじくのドライフルーツを噛みながら こころは冬 そこもここも わびしい枯野じゃないの 歯にじゃりじゃりと いちじくの極 ちいさな種 んとうに弱いものは どこにいるのか わたしは複雑な電流だから だれか青い紅茶をいれてください 蝶々が 一羽、二羽、三羽、 花園ですもの、といって 姉はさきに毒をあおったのでした 嘘かしらね、それ だれが弱かったのかしら と、ぷつぷつ残る つぶやき 感がすすんでいく ひとのこころに無限につながり
わたしは
わたし
の外まで痛い
どうしよう、寒い 枯れていくものがわたしのなかにわびしい ざわざわと集団のわたし 集団のそともわたし 死ねない魂が死ねたらと夢みて 人間のふりをしていたりするのよね 死ねないものとあきらめて きょうも釣師に引き上げられて ゆうがたには活きづくり それでも死ねない とばはいくつか 手持ちがあるけれど なにを構成すればいいのかわからない だれにむければいいのか だれとして 音にのせればいいのか ああ、(とすぐにいえたころはよかった……) 「として」が多すぎる時代 腕時計の螺子をまく 半ズボンのていねいなことばづかいの子も もうなかなかみつからない 猫だけ永遠かしら いつでもニャンとして 過去も未来もニャン 毛のはえた 聖書のようね だ わたしは行くの? つらい つらい といっているのも つらい 結婚でもしてしまおうか じぶん自身への複雑な愛人をやめて スリッパをあたらしくし 玄関口を模様替えして さっぱりと 風ふきぬけるような透明家族のほうヘ 崩れようか 負けかもしれない 負けかもしれないと思うから 負けではないわけだろうが 愛の問題ではなく 未来永劫さびしさの問題が つづいていくばかり ぶんが言い じぶんが聞いてをくりかえすばかり 宇宙はこんなにさびしくて 震えがたましいのはじまりで いまでも夜空の下 煙草に火をつければ 宇宙の小さなはじまりがくりかえされる わたしだけひとり わたしだけが震えて ささえていく虚空の森 をつぶれば この安寧はどうしたことだろう まだ生きて いけるか、遠い子ども わたしなどのことはもういいから 遠くにたいせつなものが 奇跡のうえにも 奇跡がかさなり 生まれ落ちて育っていくように 望の側へとむかおうか 希望ということばの おそらくエメラルド色の影の敷く側 わたしには未知の土地 こんなにも痩せ細った足で つかれた腰で わたしは豊穣な荒れ野のほとりに立つ すばらしいことばは前の世代たちが語りつくし すばらしいことばはどれも地に滅んだから すばらしいことばをわたしはいわない わたしだけに聞こえることばで 宇宙をほんのすこし さびしくなくすることから はじめた からっぽなわたしのしくみのすべて 見通したうえで 荒れ野の枯れ木のように まだかたちもとっていない希望の梁を ささえていく

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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