曖昧模湖のネッシー

夏際敏生



きみの拙文は拝読した きょう、湖水は平らかだ 女たちに伍して 男手ひとつでなんとか沢をキリモリしている 喋々を壁にピン留めする代わりに 床いちめん観葉に資する時を蒔く なけなしの胸ははたいて 性器も失せた木を焚き付ける 刃には葉を、とか打(ぶ)っちゃってね その舌の根の下を水道管はうねり テレビの内外で ニンゲンがめそめそしている 服を着ている 笑いさえしている その上ファチマの糸瓜のと 日本人ったら日本語がぺらぺら! 世界は他界して 蠢かない春、動く自動車 風に揺れる うろの大木 さては肉体分裂症のH氏だ 微笑を荒らげているH氏夫人だ 思想膿漏のその愛人だ なにやってんだ いつも空の下で

Booby Trap No. 23



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窓辺について

夏際敏生



顔を染めて同席している ブラインドの透きから 意匠を懲らす横殴りの雨 花が裂いている花瓶 図体を挙げて悪びれろ みだりに黙ってきたものに 立ち居はいくども見過ごされる 窓際に漂う、fracto stratus 陸(ろく)すっぽ在りもしない陸のカッパ 父の流れない食卓 テラスに紙々の吹雪が黄昏れている 器物は木霊する その辺りを払って 目も月も梢に据わっていく ぬかるんでいる人道をもう一度 山道から黄道へ折れて 躱された微笑は位置づけられる フロアが数える流星を遡り 等身へと砕かれていく音楽を尋ねよ 片腕まくりで人類の裾まつり

Booby Trap No. 23



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horseplay

夏際敏生



朝っぱら、流しで欧米を研ぐ 水から牛乳から洗いたくもなるわ (実際には冷蔵庫に牛乳はなかった いまさらピーマンでもない もうなんにもないと衷心より思ったわけなんで 意気ゴミからして並々でしょ  で、クリーニング屋のキシおばさんとかも 廊下でモニタリングされていて 笑う女子高生に笑っていなかったけえ? ワーストは自然に優しい乙女座のお父さんたち 言葉にだって余ろうというもんです お時間をとらせますが ちょっとここで舞っててね、コンサバ万歳! とか叫んで 勝手に急に居なくなったりして このへんは誰と特定できないのだけれども できっこないし 光で人称が溶けちゃったもんだから 謂れのない金が受け取れるわけなんで (噛んで含めるなや、先生 (噛んだ後は紙に包んで、先生 速やかに潤みだした物騒さを買われて あの透き間この透き間と渡っていく ツジツマってなんなんです ロータリーで油を売っている女詩人のマタの名なの?

Booby Trap No. 24



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物色

夏際敏生



きょうマツダが死んだ もしかしたら昨日だったかもしれないが…… なにはともあれ霞町でパンを買って うつらうつら車を走らせる 片耳は切って捨てる たとえばそんな経緯で ガードレールを労えれば フィラメントも通りに置かれる なにしろ盲唖では鳴らした 口幅ったい顔をいくつも渡った 十八番は機械的キョトン 好きな色は好色、物色、警戒色、 好きな曲なら遁走曲 女たちは涼風のような裸体をもてあまさない 息だけは次々に引き取っていく それがどうあろうと人生は美しい このフレーズを教えてくれた中学教師が NHKに転身の後は消息が不明のままである 余計なお世話さま わたしたちはかつてない安全に瀕している わたしたちは祖先を省みていない ハーゲンダッツ出したりしないもの ということであとは裏面を見てください 紙幅を肥やすことにもとりたてて異議はない バカ丁寧語は電話口からオモテへ出ろ! ところで、もう片方の耳は食うんだったっけ? どの道悪はもう気取られることさえない 善のハキ溜めにカラスが茂るばかり

Booby Trap No. 24



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例の黒山

夏際敏生



ところで例の黒山沿い 空へと途切れてゆく大通りを 臆面のにやにやする映像に並び 乳の切れた胸襟を閉じて 複数形の母がたゆたっていく どのコーナーでも旗が卷かれている この手の肉体離れ 寒さが冬の麦に応えるように 人間の目に応える人間の目 犬儒を食う犬がいるかどうか すだく氷も祭りの夜の思い出にすぎない 建築のシルエットにおいて アパシー熱も冷まされている よくテレビの寿命が云々される 食人鬼が食中(あた)り この面も銜え込んでやれ 空生まれ板育ち 霜に取り持たれた二人 お座なりに隣った星座なのだから 言葉尻の割れ目に座る女を置いたら サンダルつっかけて きらきらする戸外へ襤褸けていけ すぐそこのグロサリーまで

Booby Trap No. 25



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《溶けていく丑》

夏際敏生



富んだ夜だったじゃない いまは東のこの白みヒッ提げて ご就床さまということ 転びのカタチは星雲にでも擬させていただき どこ吹く風に吹かれて たとえば石油に降りるのも一つ 真空の揺らぎに消えるのが二つ 立体が真っ平なので 移ろう午前は見上げて遣り過ごすのだよ 午後は午後でご愁傷さまということだ そしてもう掌は返せない 返事もいらない 和臭なども NEVER MIND いやに勢いのない破竹の先で 騙れ、けっして歌うな、と 空は節くれだつアーバニティーを体している 女の子たちも、ぺこん 獏もブリキの太鼓も、同上 ベゴニアだって

Booby Trap No. 25



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STORMY WEATHER 1990

夏際敏生



見果てようとまた夜に臨む わたしの不用意を盾に取るのはわたし 寒い昼下がりをだらだら下がって 水際へ、渋らない手を握りに行く 足が足で鈍りがちなもので 陸の魚に尾鰭をつけても足りない 音楽から委曲が消えていった 血は争えることの争えない証拠も上がった 女たちもどうして なかなかに捨てたモノでしたね あしらいばかりが照り輝く月の市街 空の青息吐息で曇る鳥声 わたしは転がったまま雨意を催している この辺で降(ふ)りたい なんとなく山肌が恋しいし どこかの窓ガラスを伝って滴るのもいい 詩の語の抜かさないですむ 順不同も氷れないまま勝手に善がれ

Booby Trap No. 26



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ベルベット・スカイ

夏際敏生



東の空が鼻白んでいる 語を儚みながら 世を夢みながら ストレリチアも枯れた床で 物質を私するなりなんなりして また一輪の籤を引く 霙が霙でない快不快はあやふやで 恋人も誰ともどちらともつきそうにない その上、この国で踊りといえば(々)くらい この下もない下の下の舞い上がりぶりだし 兄弟は浮かない目線を殖やしながら 明日の左右までも低くする寸法らしい ザ・ベルベット・アンダーグラウンドのように だから水を得ることのない魚のようにしか すでに空気が存在しない 美は存在しない 根っから根無し草の一行(総勢三)を紹介しよう 写真は左から気分、セメント、女レスラー (その時は逆だったはずだが ご笑覧の向きはどうぞご不随意に

Booby Trap No. 26



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ペーパー

夏際敏生



駆け込んだはいいが 口が堂に入らない 外に変わらない空気の模様だし 出てくる砂が砂で 姉妹の舌のように代わり映えがしない これじゃあ食い改めようもないが せっかくの寺だ 皆さまのご健啖をお祈り申し上げろ ついでのこと行きずりの誼みで 白目の一つ二つ包んでおいてもいい そこにも位はあるが (人が立っている、暗い! 手洗いはどこかな 紙は存在すると思うかね 芝浦の家並には秋の夕暮れもなかった 日本にトーキョーはあったが 地球には日本はなかった 米も仏もない

Booby Trap No. 27



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passers by

夏際敏生



地面が空々しい 息を暗くして歩く テンからハナシにはならない (日替りでフール・ショーをやってる劇場がある (ケーキ入刀、etc.…… 鈍りがちの足を研いで とっつきの通路から トゥラバドールとして甲走って! (窓ごとに  揺れまくる視力 通りはむろんよくないが (ただもうらあらあ)ともいかないしするから 仮病死しそうなくらいの弱年にも因もう 持ち前の女らしさで湿気も呼ぼう そこでの関心は支払われる (霧吹きで概念を散布する トキワアケビ、トキワイカリソウ、トキワギョリュウ 夜のように更けていくわたしたち 電気自動車は心臓のないダミー人形 模造紙に描かれた人造湖 《演出メモ》 鞭を持った女は鞭打たず 鞭を持って立っているだけでいい 歯軋りもしないで ひっそりと人払いが行く そんなこんなで終わっていっている

Booby Trap No. 27



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夏際敏生



花々に和を講じながら 初子として咲き煩う 所期の明滅している星図を ゆらゆらと開け閉てする 振り向きは常に荒い 暖房を利かせて足蹴を編む夜が続く 私は輪にならない 道に全幅の不信を置いて渡った すぼまっていく女たち 海を割る挙手は廃れ 街上で風足は棒のように折れる 颯々と地理を脱いでいく みっちりサボタージュを積んで 不運まかせのゲームに冷めてるよ 端から腑に落ちない偶像ばかり それはもうモダーンな、昼下がり わたしたちは何紛いであるか 光を目深に被って いったい何を隠しているのだ

Booby Trap No. 28


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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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