邪悪な影

清水鱗造



その顔の口もとのところに邪悪な影をみる それは僕が邪悪なところに侵入したことを 意味する 薄い青い部屋の布団のうえで その影をみた 遠い鉄道線路のつづく布団のうえに 腕がか細く延びて 僕は青い霧に巻かれていた そして青い特急列車がこちらに向かってくる 僕はその脇腹を見なかった 僕はその尻を見なかった ただ薄い邪悪な影が僕の時計を塩酸のように覆った 電圧を下げた照明のなかに その顔はある 邪悪な影のある顔 小さな旗が揺れている それは国旗のようだった そして蝿の飛ぶような音楽 そして僕はまた一瞬 邪悪な影を好んだのだった ちらりとその目が僕を見た その口もとの邪悪な影を 僕は忘れない

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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