一九八七年

清水鱗造



夕刊紙を買って地下鉄に乗る 渋谷で降りてパチンコをすこし 桜新町で降りると電話をかける 煙草を一日二箱 最近酒は飲まない 煙草はマイルドセブン・ライツ 初夏 テレビでは巨人−広島戦 〈ちいさく欠伸している女の子  僕の町では時間がゆっくり進む  町はトランキライザーを服用しているから  父母は商売をやめた  この年は区切り目になるのだけれど  僕はそんなに意識していない  ただボーッと地平線の向こうの夏期休暇と  去年死んだIくんとAさんのことをときどき思い出すのみだ  経済誌の校正をしたり  評論集の編集をすることは  楽しいとも楽しくないとも言えない  同じ仕事をしている人が髄膜炎になって見舞いに行ったけれども  病気になったり保険をかけたり庭の草取りをしているうちに  年は経ていくのだろう  残っていくのは航跡のようなものだろうか  帽子の陰にある明るい顔  恋している  僕は恋している  この初夏の風の便りに  人を愛していると言ってみなさい  はい僕は確かに愛しています  この息吹きを  でもそれはみんなと同じことなのかもしれない  強迫的なイメージや複雑なイメージを  詩集にして出したけれど  べつにどうということもない  時間があればカチンカチンの詩集をまた作れるかもしれない  作ってもいいし作らなくてもいい  確かに年は経ていく  まとまった仕事を毎年二つぐらいずつできればいいなとMさんは言った  ほんとうにそうだ  僕らの時間が許すかぎり  まとまった仕事をするだけだ〉 バッティング・センターの金属バットの音が遠くから聞こえる 僕の妻はトマト・シチューを作るのがうまい

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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