ペットランドからの通信

清水鱗造



何かのしるしが 地に埋もれていることがある 前足のあいだで 突然きらめく 円くて二つ穴が開いていたり 米印や十字のかたちなんだけど 一度だけ 金の蜻蛉を見つけた * ぼくがよく行く 地下のバーでは 「ドライなマティニ一杯」なんて 蛇男が言って もぐらのお姉さんが注いでくれる その間 絡まった枝のあいだから もぐらのお姉さんの姿を見ようと 光った目が闇に浮いている * この辺には けっこうたくさんのマシンがあるよ 古いのから新しいのまで でも傷は多くて 修理工場は大繁盛で だいぶ待たないと直らない 僕は倉庫でアクセスしているんだけど 豚くんがよく電子メールをくれる 羊くんって饒舌なくせに 筆まめじゃないんだ * たまにビューアーでみる写真が 電子メールできてさ 見てみると 豚くんの彼女のヌードなんだ そういうの見たくないんだよね 羊くんもたまに彼女の写真を送ってくるけど ずいぶん立派な牧場に住んでるもんだ 羊くんの家族の写真も一枚きて その大きさが球場ぐらいあって 全部見ていない * カオスくんて Sって家に住んでいるんだって シェトランド島なら仕事できるけど たまに会うのが金魚屋のポピーだけだろ せっかくの速足で叩いているのが キーボード 彼も退屈だろうな * 絶望的な歌は サピエンスメガロポリスでは流行らないらしいけど ペットランドの酒場じゃ流行ってる 「俺はもうだめ」 「俺は死にたい」なんて とてもいいね * スクラップだって 溜めれば 立派に住めなくなる 全部動いたって住めなくなる どうせなら 初めからスクラップを詰め込んでしまえ っていういらだったポリスは多い ぼくみたいな犬は そのへん掘っていつでも寝れるからいいけど カオスくんはどうだろうか * でもこんなぼくにも やることは出てくる 倉庫の部屋はぐちゃぐちゃで 兎のお姉さんとの付き合いもどろどろで 地衣類は窓の外まで迫っているようなある日 きまって 〈犬の耳の垂れ具合についてのイメージの展開について議論しませんか〉 というような電子メールが知らない犬からくるんだ * 《耳 それは柔らかく  垂れている  ポワポワッとした毛が  覆い 日に透かされるとき  それは 金色のぼくたちの種族の  栄光を 示す  草原を駆けるとき  パコパコ揺れ  なんとも具合よい飾りだ》 * ぼくの耳はほとんど立っているので 別の切り口からだ 《優しきものが帰ってくるとき  耳は後ろに寝かされる  南から帰ってくるとき  しっぽは東西に揺らし  東から帰ってくるときは  南北に揺らす  だが耳は正確に背のほうへ  すぼめられる  寝る耳は  恍惚の境への言葉であり  はじめに 耳 ありき》 * いつも議論は数十通の電子メールで お互いが満足できる展開になり収束する そのうちにぼくの部屋も自然に整理できたり 兎のお姉さんとも疎遠になったり 新しい女友達が ご飯をつくりにきてくれるようになったりしてね * 豚くんや牛くんとも付き合いはあり たまに訪ねてくる でもぼくの部屋の隅にころがっている 豚や牛の骨をみて みんな青ざめる * 《君たちを食べたりしないよ  あれは肉屋さんがくれたんだ  確かにぼくは君たちの  骨を  しゃぶっている  噛んでいる  なめている  でも  友達の骨を  しゃぶったり  噛んだり  なめたり  しないよ》 * そのうち豚くんも牛くんも ジャムセッションに加わって 倉庫パーティは盛り上がる みんなフードや干し草食べて 牛くんは足組んで爪楊枝使い 豚くんは煙草すってる シーズーのバブルはファミコンやっている 羊くんはウーロンハイで饒舌になって あらい熊くんに絡んでいる 「あら面妖な」なんて しゃれも言うし * 《カオスくん 一度あそびにこないか?  ポピーも連れておいでよ  君がいつも書いている 顔の四角い暇なホモ・サピエンスのために  犬語から人語へのコンバーターを  バイナリーメールで送ります》 * 地中にはしるしがある 毎日掘っていれば 前足の指に かならず それは突き当たる

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エキスパンドブック版  [98/4/6 朗読会]
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