――アストル・ピアソラ「リベルタンゴ」に寄せる
想い出の片隅が裂けてテンペラ色の空と岩山と海が見える
夏の日は遠く粗暴なまでに澄み切って、
思い起こすたびによみがえるちいさな痛みの細密画のようだ
あれはカエサルが通過し、大プリニウスが渡り、パウロが最後に見て
いまそのころと同じ羊飼いが羊を追っている
岩山の頂上からまっすぐやって来る荒々しい光に船上のきみと私は曝されていた
子宮のように閉じられた地中海の照り返しは
どんなに強烈なグラッパよりもわれわれを酔わせ、しかも
きみと私をローマの透明な覚醒のうちに置くのだ
(きみとはぐれた私を乗せたまま、船はソレントから引き返すところだった!)
駅でカバンを切られ、ジプシー女が赤ん坊を泣かせているのを見たときも
光が透けるローマの覚醒はあまねく街と人のそばにあり
夕暮れのテラスでは花売りとバイオリン弾きが、泥棒や
陽気なミノスの使いのように席から席へと渡り歩く
破壊された銀が沸く夏の夜空のした、食事は毎日が祝祭に似て
よろめく足できみとホテルまでの裏通りをたどれば
夜の噴水にきらめく見知らぬ広場で男たちや女たちがしたたかに笑い
ワインの瓶と数挺の楽器が窓の明かりに浮かび
ほんの少しの沈黙のあと
ふいにバンドネオンが鳴って裏町のタンゴが聞こえてきた
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