花器の雪にしずむ |
沢孝子 |
北の街に透きとおる 水酔いのくらしには 花器のような湖にみだれる衣の波襞が 雪に浮きしずみする それはどこからやってくるのだろう いつものぼりつめる茎の無智 離れない月夜の水の儀式が 裏返る葉の一枚一枚の記憶にながれて 今 思いだしている 急激な波のおこりを待つ習慣にひろがる 剣山の針のような歴史の波 葉裏の眼が語りだす 一枚の葉がながれつく 紫がなしの南の砂浜に 立ち上ってくる茎の 真の一系――安定してきた 花器の雪にしずむ衣の波襞の乱れ 水酔いのくらしへ 突きささる 飢えているウニ! あちらこちらでざわめく葉裏の眼が 急激な波のおこりを待つ 水の儀式の習慣で 月夜へながれ 祖先がえりする 突きささるウニの南の砂浜に住む 飢えの泉の充実があり その余韻にひたる 一枚の葉の満月の礼拝を凝視する 北の庭の雪に浮きしずみする 虚構の峯をかぶとにする 青葉ぶしょうの 花のわざの別れの 四季に散る 花器のような湖にみだれる衣の波襞に よぎる寒色の花びら いつものぼりつめる木の無智の 一本一本の枝の記憶にながれて 孤独の月をひしと抱く 水の恋情の 枝先の眼が語る 切り落とす要領のような歴史の波に 透きとおる 水酔いのくらしのふるえは 泉なのだろうか 一本の枝に散る南の砂浜に 炎をしたがえる鉄が くちづけるかぶとの峯を裂く ずるずる垂れる雨の別れに 立ち上ってくる木の 真の一系――― もえひろがる暖色の花びら 無限の空の 古代の響き忘れない 異変がおこりつつある 花器の雪にしずむ衣の波襞の乱れに飢えているウニ! 孤独の月の水酔いのくらしに浸透する あちらこちらでおどる枝の 虚構の峯の裂け目 なんじゃくな根元の四季に狂う充実があり 古代に散る 雨にずるずる垂れる別れの 洗い骨の水の恋情 南の砂浜のウニにふるえて 花びらの飢えの古代が響いて その余韻にひたる一本の枝の ほほえむ月の世界を割る (改稿) Booby Trap No. 5 |
城と洞の扉に炎がもえる |
沢孝子 |
城の扉をひらいて面接する ひざまずく封筒が ケラケラ笑う 堀からはとぎすまされた武の掛け声がひびいて 伝統という流れにゆがんでいく胸の文字 毒蛇(ハブ)の舌なめずりで 不可解な位の椅子へ 鎧となる言葉の形があるから 驚いている封筒 胸中の洞はとじて 美しかった あの空の死の謎を解きたい 城の周りをうろうろしてやっと辿りついた面接なのだ なぜ受けごたえは呪文になるのか 法螺吹きの情念の舌 その動きにある卑屈さが恥ずかしい 奥のカーテンを気にする あのひびきは 機械なのか 馬のひづめなのか 屍のうめきなのか 了解できないで さまざまな動きにはらはらするだけ 城のなかへ入る資格なしという答えが返ってくる それは毒蛇(ハブ)のうねりは館からはみだす恐れがあり うろこのエロチシズムはカーテンの揺れにある襞にはそぐわない そのとき天に梅の花びらひらいて 鉄皇ぶしょうの恋にもえる便箋の文字のしたたりにふるいたつ 戦争で詰め込んだたくさんの頭脳の星 突っ込んできたのは鋭い梅の木の先 珊瑚の割れ目に花びらの傷口が浮く 戦後の城の扉は軽くなった 喜んで機械の街の奥へ 梅の屋敷に入れば椅子の人狩り 頭脳を打つ鎧は痛い その恐怖があり 今 胸ひらいて沖縄戦での 毒蛇(ハブ)の踊りを館で披露したいと はなやかな舞台で呪文をとなえているけれど やはり襲ってくる とぎすまされた武の掛け声が 伝統という堀の流れに 傷口のひびきが…… 不可解な天を梅の木がひらく 鉄皇ぶしょうの恋の優しさに 鎧の貌にある刀の先がだぶり 破れている胸中の傷口 ゆがむ文字の花びら 管理された城の扉をひらいて面接にいく老齢があり 階段をのぼりつめている執念には ケラケラ笑う封筒の変身してきた月日があり むなしい恋の奥にある梅の屋敷の人狩りの恐怖へ たくさんの星の頭脳がもえている ひざまずく扉に炎の花びら 洞の扉をとじて逃避していた こわれた風呂敷が ナワナワ這う 溝からはそぎおとしてくる華の水の輪がせまって 夜の器の真軸にみだれる頭の言葉 毒蛇(ハブ)の強がる牙で 迷路のような売る格子へ 浮き世にある文字の線にみせられて 後ろ暗くなる風呂敷 頭脳の扉をひらいて すくいだった あの街のむなしい恋に近づきたい 洞の闇にあるねばねばをすくいあげ 自由のためにいそいだ逃避なのだ それが性のうねりになり 南の踊りへとつながっていく この牙の尖りを確かめたのが嬉しい 岩底のシイーツに濡れていた あのしたたりは 楽器なのか 烏のなきごえなのか 交美のよろこびなのか のめり込めないという淵には 他界の儀式に参加できない根元の相違があって苦悩はつづく それは毒蛇(ハブ)のうずまきでは雪景色の刀の血に染まれない そのグロテスクさはあまりにも陽気すぎる 祖霊にある明るさ そのとき砂に珊瑚の花びらとじて 黍ユタがなしの死者が語りだしている そのふるえる樽の家人の言葉のひびきへとしずみこむ 古代を覗いた澄みわたる胸中の月 離別の闇がかたる祖霊の珊瑚に海の瞳 梅の亀裂の花びらに悪霊がたつ 現代の洞の扉は壊れ 幸せつかんだ座も 岩底となる珊瑚の夜に沈んでいく滅び 胸中にさまよう浮き世の激流 その怒りがあり 今 頭をとじて薩摩の支配へ毒蛇(ハブ)の交尾が笑う 家人の人身売買という極限の暮らしを思いつつ やはり格子はあるのだ そぎおとしてくる華の切り口 藩という溝深くからの悪霊のしたたりが…… 無意識の砂に珊瑚の海がとじている 黍ユタがなしの死者の狂いは 浮き世の恋の狂暴と重なり 尖りだすだす脳裏の激流 みだれる言葉の花びら 消滅する洞の扉をとじて逃避する娘が走り 階段をおりつづけている孤独には ナワナワと這う風呂敷の夜這いの抜け道があり 淋しい死者と語る岩底の珊瑚の夜にある滅びの怒りへ こわれた扉の炎の花びら 澄みわたる月の胸中にもえている Booby Trap No. 11 |
大和世に舞う |
沢孝子 |
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廃家のカマにある内紛の火種のイメージへ |
沢孝子 |
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茶壷のなかの風 |
沢孝子 |
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陽の堀をのがれ暗の扉にかくれるあなた |
沢孝子 |
陽の堀を踏む足にこぼれる激しい水の言葉 石のようにこわばる壷の闇の記憶 表面の昭和のカレンダーに「神風」と「生神」という満ち潮の嵐がまきおこる 眼の水のかがやきで念じていた空へ 大和の剣が切り込む 袴の思想の移り変わりの 逃亡の形のよさを嫌悪する くりゃくりゃと舞う南のくらしの 歌を踊りの角にできたおできがあって 苦い歴史の水の肌の摩擦 諸関係のながれを 明治という近代の深い井戸を汲みとる目覚め 扇形にひろがる心の水の呪文の時間がうるむ 暗の扉の晴地がなしの古代の砂浜で 亀裂した愛の昭和のカレンダーにある嵐の夜を閉じてカナカナと泣く 体内にひびきわたってきた蛇皮線の ラブレターの満ち潮の呪文がやってくる あらゆる文字の骨をくだいた時間でかたりだす 巫女となった時代のくらし 角のおできにある亡びのリズムが目覚め 本土の袴の思想で泳いだ術の 逃亡の形のよさを嫌悪する 明治の近代の井戸底に立ち現れてきた座の琉球へと たぐりよせた巨大な帆の揺れ 飢えのくるいの海腹にこもっている害虫を吐く 大和の剣には骨をくだく文字の応戦 古代の砂浜の引き潮の精神が発酵する カナカナと泣く亀裂した列島の愛の祈りの 蛇皮線がひびく浮き草の体内のいたみ 民族の根が切られている不安と 巫女となった時代のドレイの自由な計算で 交わっていた陽の堀の 満月にある亡びのリズムの泳ぐ術 極限の春夏秋冬の死の断面に立ち現れてきた尼地ぶしょうへ 掘りおこす巨大な反乱の帆がある 恐くなっていく四季の渦暦の泡 泡 系幕が垂れ下がる組織の圧力の堀をのがれようともがいた害虫 グロテスクになる離別の海腹の恨みが 浜の小屋で嘔吐する 埋もれた掟のさまざまな飢えの現象を抱きしめる 琉球の座に今もゆがんでいく引き潮の精神の 地図に発酵する放浪の線路の浮き草の愛 民族の根が切れるところの雪の山で 自由なドレイの別れが計算した 南の砂利の一つ一つのふるえを確かめる 満月と交わる旅の終わりの死の断面 春夏秋冬に凝結する藩への反乱の 渦暦に浮かぶ武の泡の捕らえられない構造 グロテスクになって投じた鎌の浜の小屋には さまざまな掟へ焦る無知の判断がある 暗の扉にずーっとゆれつづけた夜這いの性器で 千年万年億年の大木の不安を抱きしめ 優しい神の警告を待つ 整えられてくる「神風」と「生神」を念じる空の 自然の器にある伝統の壷の闇の隙間をのぞいた もてあそばれてきたような苦い歴史の摩擦 水の肌の諸関係の感覚にある 作法の「気」にふれて扇形にひろがってくるくらしの殺意 信じることができるでしょうかと 異質な血を抜く夜の「呼吸」 石垣の扉にかくれたあなたの だらんとなる胸の乱れをなぞりつつ (改稿) Booby Trap No. 15 |
浮世の船にゆれて |
沢孝子 |
浮世の夢の船にゆれて 辿りついた夜のくるわ その水酔いの道程に 海の性をさぐる 浮遊がなしは裏切った しきたりの格子をひらき 大胆になる乳房の闇歌で巫女の座に 彼方に頑固な雲の瞳がまばたいて 袖口にながれた血の 赤い星の 笑い思いだす 異界の港でさわいだ蛇皮線にある月の嘔吐 立ち踊りの島のしぐさで 一瞬にして醒めていった無の海のひろがり 大和世に荒れている浮世の船の暴風 それからは黒豚の交尾の御馳走で夢の旅 服従していた琉球世の言葉で 出家ぶしょうの膝頭の定形を抱く 失われた愛で展開していたくらい海 乱立してきたさまざまな帆に たかだかと法螺ふくみだれ藻 かくれる島の岬に閉じていった貝 季節ごとになびいていく夜の器の 裏切っていく乳房の闇歌で 浮世のくるわの空にとなえる呪文 敗走していく夢の船は哀願だった 頑固な雲の瞳がゆれる袖口に さわぐ蛇皮線の赤い星はかがやいて 途方もない望みをたくした定形に月がかかり どうしたのだろうか 服従したくるわで抱く無惨な膝頭の嘔吐 すする海の湾の熱 古代から難破をくりかえしている台風を 黒豚の交尾の御馳走で浮世の船によびよせて まさつしていく赤い星の瞳 大和世に閉じていった貝の異常な展開で こんなにも築かれてしまった海の心のくらい屋形 失われた琉球世の言葉をさがして 浮世のくるわにいるメーレ(娘) 立ち踊りの島のしぐさで 酔いしれている水の刑の たわむれる夜の海の藻に 遊んだ日の岬に 格子を大胆にひらく闇歌のキヨラ(美しい) 古代の空にひろがる乳房で 踊りつかれている海の刑の さまよう夜の島に 訪ねた日の藁屋根に 黒豚の交尾の御馳走でクワガ(子供が) 一瞬にして醒めた心のくらい屋形 眠りつづけている夢の刑の よみがえる夜の黒糖に ふくらむ日の樽に 乱立してきたさまざまな帆にクッサル(殺される) 頑固な雲の赤い瞳がよびよせる 立ちあらわれる死の刑の うきあがる夜の月に 巫女となる日の器に 浮世のくるわで浮遊がなしは問うている 琉球世の立ち踊りの島のしぐさで 夜の海の蛇皮線のひびきで 浮世にゆれる船で出家ぶしょうに語っている 大和世の定形の愛を抱く無惨な膝頭で 古代から難破をくりかえしてきた台風で (改稿)/ Booby Trap No. 16 |
網膜の光を九九で解き眼孔の闇をゼロの地点にさそう |
沢孝子 |
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仮面にはらむ夏 |
沢孝子 |
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梅の木にひざまずくとケンムンの木にこの葉落ち |
沢孝子 |
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庭園のイメージにながれる溝川とくらい洞穴 |
沢孝子 |
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