蛹
どういう展開でそういうことになったのかはわからないんだけど、
泊りがけで会社の研修会に出かけていたんだ。
最大の目的は、蛹化剤というものを飲むこと。
これを飲むと、昆虫の蛹と同じように、
しばらく死んでから生き返るのだという。
復活するのだから、帰ってきたときには当然若返っている。
会社としても、従業員のためになることだから、
協力を惜しまない、と社長があいさつをした。
とにかくすごいのは、絶対に失敗しないということ。
蛹の場合は死ぬわけではないから、
蛹化剤という名前はちょっと正確さを欠くのだが、
確実に生き返るというのだから安心だ。
一度死ぬ経験をしておけば、
本当に死ぬときにも怖くなくてちょうどいい。
説明を聞いてから、薬を飲むそれぞれの部屋に向かった。
畳にせんべいぶとんを敷いてそこで飲むらしい。
中島さんはすでに隣の部屋で飲んでいた。
うつぶせになった裸の肩甲骨のあたりに、
白い泡のようなものが二本、
ハの字の形に吹き出していた。
蛹化剤というだけに、あれは、羽の退化したものか。
あの泡が出たときには、すでに完全に死んでいるのだという。
私も自室に入り、同じようにうつぶせに寝て薬を飲んでみた。
死ぬというのはどういう経験なのか。
息子がふすまを開けて部屋に走りこんでくる。
あ、お父さんもやってるの? どんな感じ?
妻も入ってきて、枕元で見守っている。
ところが、待てども待てども薬は効く気配がない。
いつまでたっても死にそうにないので、
妻がしびれを切らした。
出かけなきゃならないのに、いったいどうなってるの?
結局、薬が効く前に目が覚めてしまった。
せっかくのチャンスだったのに、
死ねなかったのは残念だったな。
(C) Copyright, 2007 NAGAO, Takahiro
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