女に生まれてきていたら



1 もし女に生まれてきていたら、 私には弟がいたかもしれない。 もちろん、選べることではないので、 弟ではなく妹だったかもしれないし、 弟も妹も生まれなかったかもしれない。 しかし、もし女に生まれてきていたら、 弟がいた確率は高かったと、 思う。 2 子供の頃、 女に生まれればよかったと、 思ったことがあった。 男の子と遊べば泣かされるので、 女の子と遊ぶ方が好きだった。 (その女の子にも泣かされることがあったけど) 腕力はなかったし野球もヘタだった。 おままごとは好きだった。 それでもさすがにお母さん役はやらなかった。 3 子供の頃は内股で歩いていた。 父はそれをとてもいやがっており、 何度も厳しく直された。 父は、 女の子みたいな歩き方をしやがって、 と吐くように言った。 そのたびに顔がカーッと赤くなった。 歩いているときにふと思い出して、 爪先がどちらに向いているかを、 見るようになった。 いつのまにか内股ではなくなっていた。 4 父は何かというと、 女子供にはわからない、 と言うのが口癖だった。 私は男にされたり、 子供にされたりした。 子供にされたときには、 男になろうと背伸びした。 女である母はそのやり取りを、 黙って見ていた。 5 自分が一人っ子であることを、 いつから意識し始めたのか。 団地の隣のうちは三人きょうだいだったので、 いつもにぎやかだった。 幼稚園にあがる前は、 隣のようにきょうだいがほしいと、 親に何度も言っていた。 幼稚園にあがった頃には、 一人っ子だからわがままで、 と親が他人に言っていたのを、 耳にしたことがある。 その頃、なにかごちそうを食べるときには、 一人っ子だから好きなだけ食べられていいでしょ、 と親に言われた。 小学校に入ってからは、 この先、弟か妹が生まれてくるとは、 少しも思わなかった。 6 一人っ子だからわがままで、 というセリフはその後も何度も聞かされた。 友だちにうんざりされるたびに、 そのセリフを思い出した。 一人っ子に見られないように、 必死に努力した。 一人っ子だとは思わなかった、 と言われるたびに、 心のなかでほくそえんだ。 次第にそう言われる割合は高くなったが、 一人っ子だと思ったと言われたときに、 がっくりくる度合も高くなった。 7 中学は男子校を落ちて共学に行った。 その頃から女の子の顔を見て話をすることが できなくなっていた。 太陽を直接見てしまったときのように、 眩しくなって目をそむけてしまうのである。 高校は共学を落ちて男子校に行った。 男だけだと気楽でよいなどと言っていた。 中学の同級生の女の子が二人で学園祭に来てくれたときも、 すぐに持て余して二人でまわってもらった。 その話をしたら、 男の風上にもおけないやつだ、 と父に言われた。 8 今でもはっきり覚えているが、 大学に入ったばかりの頃の私には、 どこかから仕入れてきた男尊女卑が、 頭のてっぺんから爪先まで染み付いていた。 女のくせにとけなしたり、 女だてらにと誉めたりしていた。 (本当は彼女のことが好きだったくせに) そのうちに自分が異性だけはなく、 同性のなかでも孤立していることに気づいた。 9 大学を終わる頃には、 女性運動に理解を示すまでに成長≠オていた。 その頃、 学園祭でコンテストをやり、 優勝者をアイドルとして売り出していたグループがあり、 男が女を選別する社会構造を拒否するために、 そのコンテストを物理的に潰すことを目指すグループがあった。 私は当然のこととして後者に加担した。 物理的な行為は快感である。 コンテストはわずか数名の暴力によって粉砕された。 前年度優勝の十代のアイドルが、 視界の右端のほうで泣きわめいていた。 十年後 彼女は裸を売るタレントに成長した。 10 しかしそれで女性が わかったわけではなかった。 相手が女性だと、 何を考えているのか、 どういう感じ方をするのか、 戸惑うことが多かった。 相談に乗ってくれる姉がいたらよかったのに、 とよく思った。 もし女に生まれてきていたら、 私は弟に何を教えていたのだろうか。 11 結婚は唐突にやってきた。 そのときは惚れていたので、 何が何だかよくわからなかった。 落ち着いてみると、 妻のことが一人の人間としてわかってきた。 妻は私が一人っ子だということを 結婚前に見抜いていた。 12 自分の子ができたというとき、 妻と女の子がいいね、 などと言っていたことがあった。 生まれてきたのは男の子だった。 男の子は小さいときに大変だと 聞かされていたが、 なるほどよく熱を出し、 嘔吐が止まらないようなこともあって、 何度も病院に走った。 だからといって、 女の子の方がよかったと 思ったことはない。 彼は今のところ一人っ子である。


(C) Copyright, 1998 NAGAO, Takahiro
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