八重



道端のドクダミにカメラを向けていたら、 反対側から声をかけられた。 《うわっ、怒られちゃうのかな。  勝手に撮らないでって》 でも、そういうことではなくて、 「珍しいの? 珍しいの?」 こっちもいい加減おじさんだけど、 こちらが子どもだったときに すでにおばさんだったようなおばさんだ。 「ええ、八重のドクダミは珍しいですよね。  いつも探しているんですけど、  このあたりでは、ここでしか見ないんですよ」 「そうでしょう、珍しいのよ。  一本だけもらってきて植えたんだけどね、  なんだか増えちゃって。  でも珍しいから切らないでいるのよ」 「本当に珍しいですよね。  このあたりでもドクダミはいっぱい咲いてますけど、  一重のやつばっかりで、  八重はここでしか見ないんですよ」 「そうでしょう、珍しいのよ。  一本だけもらってきて植えたんだけどね、  なんだか増えちゃって。  でも珍しいから切らないでいるのよ」 同じことをきっかり二度ずつ言ったところで、 「どうもありがとうございました」 その場を離れた。 初めて会って、 ほかに話すことなんかないもんな。 《そうか、勝手に生えてきたわけじゃないんだ。  だからよそでは見つからないのかな?》 などと考えた。 おばさんも晩ごはんのときにきっとおじさんに言うだろう。 「あんたはいつもそんなもん刈っちまえって言ってるけど、  今日は珍しいですね、っつって、  写真まで撮ってった人がいるのよ」 来年も八重のドクダミを楽しめるはずだ。


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