われわれは、 この箱のなかで、 じっとしているのだ。 移動するために。 移動するつもりなら、 動くのが本当だが、 動くよりも、 じっとしている方が、 速く移動できるのだ。 それだけでも変な話だが、 もっと変なのは、 この箱のなかに、 誰一人、 知り合いがいないことだ。 百人から二百人はいるのに、 誰も知らないのだ。 なのに、 この人たちの大半は、 気がつくと私が知っている言葉で、 ぺちゃくちゃくちゃとしゃべっている。 しゃべっている言葉の意味が、 私のなかにどんどん入ってくる。 意味が体のなかで ちゃぷんちゃぷんと波うっている。 入ってくるなよ、私が知っている言葉。 私はただ移動したいだけなんだ、 箱のなかで。 じっとしたままで。