箱のなか



われわれは、 この箱のなかで、 じっとしているのだ。 移動するために。 移動するつもりなら、 動くのが本当だが、 動くよりも、 じっとしている方が、 速く移動できるのだ。 それだけでも変な話だが、 もっと変なのは、 この箱のなかに、 誰一人、 知り合いがいないことだ。 百人から二百人はいるのに、 誰も知らないのだ。 なのに、 この人たちの大半は、 気がつくと私が知っている言葉で、 ぺちゃくちゃくちゃとしゃべっている。 しゃべっている言葉の意味が、 私のなかにどんどん入ってくる。 意味が体のなかで ちゃぷんちゃぷんと波うっている。 入ってくるなよ、私が知っている言葉。 私はただ移動したいだけなんだ、 箱のなかで。 じっとしたままで。


(C) Copyright, 2007 NAGAO, Takahiro
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鈴木志郎康氏評
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